私、少し怒っています。

最近学校の授業で生徒の皆さんにお会いする度に「AI(人工知能)が人間のしている仕事を将来担うようになり、今ある仕事の5割が無くなると言われている事を知っていますか?」と質問をしています。殆どの学生がメディア等で伝えられているこの情報を知っています。そして「その事をどう思う?」とお聞きすると皆さん口を揃えて「不安です。就職できるか、働き続けていけるのか心配です」と答えます。

私は、これからの日本を担う学生の皆さんをむやみやたらに不安にさせるこのような無責任なメディアの報道に対して少々怒っています。何故かというと職業と言うものは新陳代謝を常にしているものであり時代や社会の変化に合わせて淘汰されるべきものは淘汰されそして「新たに必要な職業」が生まれているからです。今ある仕事がなくなるのはある意味当然の事なのです。

今ある仕事は無くなる可能性が大きいが、それは歴史上では当たり前の事。これからは新たな仕事が次々に生まれる事、更に自ら生んでいく事が出来るのかを考える事が大切であると子供達に伝えるべきではないでしょうか。そして社会環境は変化して当たり前、就職後も働く環境は常に変化していくので、そのような変化に順応する力が必要になると伝えることが大切だと思います。

いまだに保護者の方から「安定した仕事」につく事、「大企業」に勤める事を勧められていると学生の方から聞く事が多いです。親世代はそのような感覚で生きて来られていますが、これからの世の中では働く組織に依存した安定ではなく、臨機応変・柔軟に自らの力を発揮できることこそが必要になると思います。「自らの力」とは何か、どうやってその力を伸ばしていくかを真剣に考える事が大切です。親世代も自分の生きてきた経験だけでは情報は充分ではない事に気づくべきでしょう。

学生の皆さんに職業の新陳代謝の話をする際に150年程度前の江戸時代に最も重要とされていた「武士」が今はいないこと。その例からも職業に変遷がある事がわかることをお伝えするとみんな「確かに!」と納得してくださいます。そして「武士」がいなくても何不自由なく生きている事を理解すると「今ある職業の約半数が無くなる」という事に対しても不安を感じることなく「自分たちでどんな仕事を作ればよいのか」と前向きに考え始めてくれているように感じています。

大人の私たちが伝えるべき事は不安をあおることではなく、未来への希望なのではないかと私は思います。AI

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耳が痛い話は図星だから?

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先日あるクライアントのお仕事をしていて年齢の話が出ました。何名かの講師の方とご一緒にお仕事をしているのですが私は最年長。生徒の皆さんからすると母親位の年齢になります。クライアントから「もっと若い先生もいますからね」と何気ないコメントがあり、「ひどいなぁ」なんてその場では笑って過ごしましたがその後しばらく考え込んでしまいました。私の年齢が生徒の皆さんと大きく差があるのは事実。講師をする際に年齢のギャップはやはり相手の方の理解にとって妨げになることもあります。「私は適任ではないのだろうか。もっと若くて元気な先生に代わって頂いた方が良いのではないか」と考えたのです。確かに30代の先生の授業を拝見すると和気藹々としていて「友達感覚」で生徒の皆さんも楽しそうに見えました。

けれどもその話の流れで「もう私は適任ではないので辞めます」と言うのはちょっと短絡だなと思い直しました。クライアントから「適任でない」と言われた訳でもなく、先方は何気なく「様々な講師がいますよ」位の軽い気持ちで仰っていたのも判っていたのできっと「辞めます」なんて言ったりしたらクライアントのお気持ちも傷つけてしまう事にもなりかねません。

その時に率直に感じたことは「自分の年齢(現在52歳もうすぐ53歳)が高いのは事実。その事は変えられない。生徒の皆さんから見たらとても年長に見えて精神的な距離感があるかもしれない」という事。正直年齢は歴史的事実(笑)なので変えられないから挽回も出来ず耳が痛かったです。耳が痛い話は「図星」な事が多いのですよね。少々💛にグサッと来たのですがそこで色々と考え始めました。

私は精神的にダメージを受けるような事がある時は「自分を変えるチャンスが来た」と無理やり思うようにしています。この時も「年齢は変えられないけれど、教え方は変えられないかな」と考えたのです。若い生徒の方にとって親和性の高い話題を出来るだけ盛り込んではどうだろうか。自分が生徒の方達と同じ年齢の頃に経験した話を引用して説明をしてはどうかなどです。それから生徒の方達に寄り添う気持ちがとても高くなりました。

結果としてその姿勢は教育機関での授業にも活かすことが出来て生徒の皆さんとの距離が前よりも格段に近くなった感覚があります。

何気ないクライアントの一言に心から感謝をしている今日この頃です。

皆さんも💛にグサッとくる一言を聞いた時は落ち込んでいるだけでは無くて「自分を変えるチャンス到来!」と思ってみてはいかがでしょうか。

ビジネスツールの変化(LINEでコミュニケーション)

つい数年前まではメール(email)での連絡がビジネスでは当たり前でした。レターほど正式ではないけれどある程度フォーマルな対応が出来て文章が主体でした。

それがここ数年、特に今年に入ってから国内外のお客様との連絡手段がLINEになりつつあります。写真を撮って高画質でもすぐに送れる。何かあればすぐに短いメッセージで送れ、相手もスマホを持ち歩いているのですぐに返信が来る。関係者をグループにして情報共有も簡単と便利な事ばかり。とにかくコミュニケーションがスピーディーになりました。

そしてLINEならではのスタンプがまたコミュニケーションを楽しくしています。ビジネスなのだけれどユーモアを含める事が出来て相手の方との心理的な距離がぐっと縮まります。

保存をしなくてはいけない重要な書類等のやり取りはメール、それ以外のコミュニケーションはLINEと使い分けも出来ているようです。

新しいツールを導入する事にためらいもあるかもしれませんが、やってみると簡単で楽しい事も沢山あります。SNSなどへの苦手意識はとりあえず置いておいて始めてみてから使い方を考えるという事も必要かなと思います。line-group-phone-call-0001

自分を語ること

リピートで授業のご依頼を頂いた学校へ出前授業をご提供する際には内容を前年度とは変えるように心がけています。今年その修正作業をしている時に感じたことは、情報としてインターネットや本で読んだ内容を引用している箇所への疑問でした。授業を始めた当初「学校」という教育機関でお話するので「為になる。役に立つ」内容でなくてはいけないと思いそのような引用情報をなるべく入れるようにしていました。ところが段々と「人の言っている事」ではなく「自分しか語れないことを語る」事の大切さを感じ始めました。元々私は人前で話をすることは得意ではなく、自分は特別な人間ではないから自分の話は面白くないはずと思っておりました。けれどもそんな「普通の人生だけれどあちこちにぶつかりながら一生懸命生きていた自分」の話がもしかしたら学生の皆さんにとり身近な理解をしやすい話として受け取って頂けるのかもしれないと思う事がありました。それは失敗談への感想文へのリアクションの多さからでした。「先生でも失敗して辛いことがあっても克服したと思ったら何だか勇気が出た」「何でも出来る人かと思ったけれど意外と失敗が多くて近い存在に感じられた」など。

その感想を拝読して「あぁ等身大の自分の話を引用してお話をした方が分かりやすいのだ」と思いそれからは自分が学生時代にどんな事を感じていたり、どんな事を経験したりしていたのかなど出来るだけ具体的にお話するように内容を変えました。すると生徒の皆さんの授業への集中度が大きく変わったのです。どんな授業でも寝ているような様子の生徒の方が15パーセントぐらいは常にいらしたのが今では殆ど皆さん顔をあげて耳を傾けてくださいます。そして授業後にも質問や自分の考えを話に来て下さる方も増えました。

等身大の自分を表現する事の大切さを学生の皆さんの反応から学ぶことが出来ました。格好を付けずにありのままでいる事。それは自分の生き方をまっすぐ正す事にも通じます。ありがたい気づきでした。金ヶ崎高等学校