耳が痛い話は図星だから?

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先日あるクライアントのお仕事をしていて年齢の話が出ました。何名かの講師の方とご一緒にお仕事をしているのですが私は最年長。生徒の皆さんからすると母親位の年齢になります。クライアントから「もっと若い先生もいますからね」と何気ないコメントがあり、「ひどいなぁ」なんてその場では笑って過ごしましたがその後しばらく考え込んでしまいました。私の年齢が生徒の皆さんと大きく差があるのは事実。講師をする際に年齢のギャップはやはり相手の方の理解にとって妨げになることもあります。「私は適任ではないのだろうか。もっと若くて元気な先生に代わって頂いた方が良いのではないか」と考えたのです。確かに30代の先生の授業を拝見すると和気藹々としていて「友達感覚」で生徒の皆さんも楽しそうに見えました。

けれどもその話の流れで「もう私は適任ではないので辞めます」と言うのはちょっと短絡だなと思い直しました。クライアントから「適任でない」と言われた訳でもなく、先方は何気なく「様々な講師がいますよ」位の軽い気持ちで仰っていたのも判っていたのできっと「辞めます」なんて言ったりしたらクライアントのお気持ちも傷つけてしまう事にもなりかねません。

その時に率直に感じたことは「自分の年齢(現在52歳もうすぐ53歳)が高いのは事実。その事は変えられない。生徒の皆さんから見たらとても年長に見えて精神的な距離感があるかもしれない」という事。正直年齢は歴史的事実(笑)なので変えられないから挽回も出来ず耳が痛かったです。耳が痛い話は「図星」な事が多いのですよね。少々💛にグサッと来たのですがそこで色々と考え始めました。

私は精神的にダメージを受けるような事がある時は「自分を変えるチャンスが来た」と無理やり思うようにしています。この時も「年齢は変えられないけれど、教え方は変えられないかな」と考えたのです。若い生徒の方にとって親和性の高い話題を出来るだけ盛り込んではどうだろうか。自分が生徒の方達と同じ年齢の頃に経験した話を引用して説明をしてはどうかなどです。それから生徒の方達に寄り添う気持ちがとても高くなりました。

結果としてその姿勢は教育機関での授業にも活かすことが出来て生徒の皆さんとの距離が前よりも格段に近くなった感覚があります。

何気ないクライアントの一言に心から感謝をしている今日この頃です。

皆さんも💛にグサッとくる一言を聞いた時は落ち込んでいるだけでは無くて「自分を変えるチャンス到来!」と思ってみてはいかがでしょうか。

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