孤独に旅をする。

先日海外からの友人と食事をしながら雑談をしていました。彼はインドネシア人で大の日本好き。過去5年間に11回日本に来ています。

そんな彼がSNSで「日本は大好きだけれど住みたいとは思わない。だって孤独で寂しい街だから」とコメントしていました。大好きな街ではあるけれど住む場所ではないという感覚は私が旅をする時によく感じる事です。また友人や知り合いがいない旅先での「孤独」を敢えて感じるために旅をしているという事もあるのではないかと思いました。それゆえ旅行先としては良いけれど、住みたくはないという感覚になるというか。

その友人に「コメントを読んだよ」と言ったら「日本を悪くいったみたいでごめんね」と謝られましたが「私も旅をしている時に同じような感覚になる」と言ったらほっとしたようでした。

旅先では普段日常生活で感じている感覚から抜け出して自分と向き合う時間が長くなります。セキュリティの面で少しピリピリしたり、普段見たり聞いたりしたことが無い事に触れたり、それを自分なりに処理して吸収したり。日常の細かい事からある種離脱しているからこそできる事なのだと思います。

そして離れた場所から戻った時に自分の住む場所について新たな見方が出来たり、ホッとしたり。旅とはそういう効用があるように感じています。

 

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これからの世界や生き方を考える。

先日所属しているNPO主催の寺島実郎先生により講演会に参加をしました。毎年開催されているので定点観測的にメディアで知ることが出来ない世界各国の力関係を政治、経済、人種、宗教等の側面から考えるという内容です。毎回90分では時間が全く足りないと思うほど寺島先生は情報を提示して考える糸口を与えてくださいます。

今回は「日本の未来を考える」というテーマを頂いたように私は感じました。変化の激しい世界情勢、AI等の技術革新が進む中社会は今まで経験したことが無いようなスピードで変化を進めています。そして経済優先で便利を追及しているが故の怖さも感じました。

果たして今世界をリードし、まとめ上げている政財界の人々は自分の足元だけではなく未来の世界を考えているのでしょうか。未来の人間の社会を真剣に考えているのでしょうか。

寺島先生はAIと人間の比較をされ人間が優位に立てる事は何かという点を述べられていました。世の中では同様の理論が多く聞かれそれは技術革新は人間として進めるべきであるという理論が当然として世の中でまかり通っており社会の意思決定をするマジョリティがそう考えているからです。

私は人間が作り上げた物に対して人間が遠慮して自分たちに残された事するという発想はとても怖いと思いました。人間が生き難い、住みにくい世の中が見えているのであればそのような開発は遅らせる、極限られた分野のみに適応するなどの知恵を使う事もあってよいのではないかと思うのです。

現在様々な事に対して決定権のある大人が、未来の世界を生きる子供達や子孫のために真剣に取捨選択をして様々な人々と地球規模での合意形成をしていく仕組みが必要ではと思います。