多様性の受け入れ方について

Diversity-and-Inclusion

先日保育士をされている友人から外国の子供さんに対して日本人の子供たちが肌の色の違いなどから違和感を感じてしまいなかなか仲良くなれないというお話を伺いました。

私は現在は肌の色の違い、同性愛の方達、障害のある方達に対して気負うことなくお話をすることが出来ますが、生まれた時から理解が出来た訳ではありません。子供の頃は白人の方の肌の白さや目の色の違いが怖く感じて、国際結婚をした叔父のお嫁さんに対してどう接して良いか分かりませんでした。けれども何度も会って話を聞いたり一緒にご飯を作ったりしているうちに徐々に普通に接することが出来て仲良くなれました。次には黒人の方に対して同じような感覚を持ちました。生まれてから中学生になるくらいまで黒人の方と話したりするチャンスが無かったのでとても不思議で目を見てお話が出来るまでとても時間がかかりました。けれども何度もお会いしているうちにやはり慣れていきました。

次は同性愛の方達。20代になるまで私の周りには同性愛の方は見当たらず、接する機会がありませんでした。そして私は20代半ばでとても素敵な男性に恋をして3年くらい片思いをしました。自分から好意を示したりもしたのですが、ある時その男性から実は自分は同性愛で男性のパートナーがいると告げられました。自分が彼の恋愛の対象ではないという事に大きなショックを受けましたが、反面実はとても身近に同性愛の方がいて彼の素敵な人柄や思わず笑顔にさせられるユーモアのセンスに魅かれていたので、同性愛である事から彼の人間性を否定するような事をせずに理解をすることが出来ました。実は彼に出会うまでは想像の世界だったので同性愛の人は変わっている人達なのではないかという偏見を少し持っていました。けれども彼を好きになってから同性愛だと分かった事で無意味な偏見を捨てる事が出来ました。

障害のある方には、社会人になってから様々な場所でお会いする機会がありご自分なりに障害を乗り越えて自分らしく生きている姿を拝見して自らの生き方を顧みるきっかけを頂いています。

これらの自分の経験から言える事は、やはり実際に様々な方と出会い関わることが大切で、関わることで相手を理解することができる、違いを自分なりに受け入れる事が出来るという事です。誰でも今まで自分が見慣れていた人達と異なる人がいれば不自然に感じます。けれども慣れてくれば一緒にいる事が自然になります。

今日本ではインクルーシブ教育(全ての個性を包含する教育、発達段階や障害などの区別なく共に学ぶ教育)の必要性が問われています。様々な個性を持つ子供たちが同じ空間で学ぶことが出来れば、ひとりひとりに違いがある事を理解し「違って当たり前」と思えるのではないでしょうか。

個性豊かな子供たちが共に学ぶ際に必要になるのは個性を伸ばす教育者と教育システムの存在です。現在の教育システムのままで、個性を伸ばす教育を期待しては先生方の負担が重くなるばかりです。これからの日本は少子高齢化の社会。少ない子供に対して沢山の大人がいます。多様な個性が共に学ぶ環境に経験豊富な高齢者の参画を促して手厚く子育てをしていく事は出来ないのだろうかと思います。様々な制度の見直しが必要になるとは思いますが、多様性を受け入れ、子どもの個性を伸ばす教育を基点に考えていく事が大切だと考えます。

こちらのブログでは今年は海外の教育事情をご紹介して、日本の教育に導入できることはないのか等考えて参ります。

 

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