スリランカ訪問記(そもそもスリランカとは)

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スリランカを訪問してきました。名前は聞いたことがあっても訪問をした人はあまりいないのではと思います。今回は現地の教育機関やスリランカで展開する日本企業訪問、またスリランカの起業家達とも交流してきました。現地で感じたことなどをシェア出来ればと思います。

まずはスリランカの基本情報からご説明します。場所はインドの南東に海峡を隔てて位置する島国です。元々はシンハラ人と言われる人々が住んでおり、インドから断続的にタミール人が移住してきて現在のシンハラ語とタミール語を話す国民が混在する状況を作り出しています。紀元前3世紀に王子が仏教を伝え現在も国民の7割以上が仏教徒で、ヒンドゥー教徒、イスラム教徒、キリスト教徒が続きます。地域により各宗教の比率は異なり、最大の商業都市であるコロンボでの各宗教の比率は1:1:1:1との事です。

16世紀からポルトガル、オランダ、イギリスが植民地としスパイス、特にシナモンの産地として重要視され、コーヒーのプランテーションが失敗したのを機に紅茶の栽培を始め現在では世界有数の紅茶の産地として有名です。1948年イギリス連邦の自治領セイロンとして独立し、その後1972年にスリランカ共和国と改称。その後自国内でシンハラ人とタミール人の間で内戦が起こり26年間に渡り続きました。2009年に内戦が終息し、制圧した政府軍を支援した中国とはその後も経済的な関わりが強く、今回の訪問中もそこかしこで中国企業が開発に関わっている場所を見かけました。沿岸部で大規模な埋め立てをしている地域は中国が租借地としているそうでしたし、ハンバントタという島の南にある港は中国が開発して管理をしているとの事でした。この動きは中国の「一帯一路(One belt One Road Initiative)」の一貫とも言われています。内戦を収める上での中国の支援が大きかったためか中国に対する現地の人々の捉え方が友好的で或ることが印象に残りました。(この点は追って起業家との交流で触れる予定です)

日本との関わりは、1951年のサンフランシスコ講和会議時に当時のスリランカ大統領が「憎悪は憎悪によって止むことなく、愛によって止む(Hatred ceases not by hatred, but by love.)」という仏陀の言葉を引用し対日賠償請求権の放棄を明らかにすると共に日本の国際社会復帰を求め、戦後の日本が国際社会の一員として復帰する道筋を作ったという実はとても日本とは深い縁と恩がある国なのです。その為、日本からスリランカへは経済支援を多く行っており、中国の支援が増加するまでは日本が最大の支援国でした。お会いしたスリランカ人の若者からも「日本からの無償資金協力によって1983年に完成したスリ・ジャヤワルダナプラ総合病院や1999年に完成したスリ・ジャヤワルダナプラ国立看護学校では日本に本当にお世話になった」と言われました。

2009年に内戦が収束してからは「平和」が訪れたと現地の人々は口々に言っていました。ほんの9年前まで内戦があった国とは思えないほど今は治安も良く、隣国のインドとは民族的には近いのですが雰囲気は大きく異なるようです。主食であるカレーもインドのカレーとはずいぶん異なり、油分が少なく野菜が多くてさっぱりとした味わいで何食続いても飽きずに食べる事が出来ました。人口が約2000万人という小国で島国という事から世界遺産が保全され点在し、建築を目指す人は一度は訪れるべきと言われるスリランカ出身の世界的な建築家であるジェフリー・バワの作品も多数あります。

交流した若い起業家達は世界の潮流を英語で入手し、スリランカの子供達に起業家精神を教えていました。世界的な視座を持った若者がスリランカを拠点に多数輩出され活躍していくのではないかというパワーを感じました。

日本に対してビジネス面など大きな期待を感じたのですが、果たして彼らの熱量と英語力に対峙できる日本の若者はどのくらいいるのだろうと思いました。私自身海外に目を向けるのも大切ですが、日本で切磋琢磨し世界を舞台に新しいビジネスを始めようとしている人々ともっと接してスリランカや世界の起業家達と繋ぐことが出来るようにならなくてはと改めて思った訪問でした。

スリランカの教育、起業家についてまたブログを書いていきます。

 

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仕事で癒される

img_001先日心を痛める事がありました。気が付くとその事ばかりを考えてしまっていて。そんな時に私の心を慰めてくれたのは実は「仕事」でした。

好きな事、自分が得意と思う事を仕事に出来ているので私は働いている間、時間を忘れて没頭することが出来ました。そして、そうやって悩みや心配事を頭から追いはらってくれる存在を持つことはとても大切だと思いました。人によっては趣味だったり、瞑想など平静を保つメソッドだったりもすることもあると思います。

一日の大半を占める時間を費やしている仕事によりその間悩みから解放されたことで私は自分の心を癒し、立て直すことが出来ました。時間を忘れて没頭出来るものを持つこと。

それが仕事であったことを私はとてもありがたく思いました。