なぜ先人は海外を目指したか。

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所属しているNPOはリタイアされた海外経験者の方々が主として子供達に経験を語るという活動をしています(私はリタイアしておりませんので行ってみればサポート要員です)。こちらの会でご自分達の若い頃は海外を目指して学び、海外で働くことは一種のステータスであったとよくお聞きすることがあります。先進国のみならず、新興国でその国の発展に寄与されたり、日本企業の展開に注力された方々ばかりです。

お話を伺っていて「なぜ今の子供達は諸先輩方の若い頃のように世界に出て行こう。世界で活躍しよう」という意識が薄いのだろうかと考える機会がありました。当時と今の違いは何だろうかと。考えて行き着いたのは「日本の状況の違い」です。

終戦後、日本は発展をしようと大きく変化をしていました。新興国と言われる国々を現在訪れると先輩達は「昭和の匂いを感じる」とおっしゃることが多いのですがそれはつまり昭和の時代は日本は発展途上で、アメリカやヨーロッパから成熟した文化、経済、技術を学ぶという姿勢だったから。現在新興国が元気で、活発なのはその国の人たちが発展を目指して活動しているから。

当時若者だった方達は世界により良い環境や情報を求めて出かけていったのではないかと思います。親戚が海外転勤をする時に家族全員で空港に見送りに行き、出発する人はどこか誇らしげな雰囲気だったのを思い出します。現在のアジア諸国の若者がアメリカや日本に留学したり働きに来たりしている状況と似ていると思います。

現在の日本は、先進国の仲間入りをしており世界都市を携える国となっています。ある意味で国として成熟しており、他の国を見習うことや目指す事をする必要がなくなって来ているのではないかと思います。学校で出会う学生の人たちも「日本は便利。日本に住んでいれば何も困らない」と口々に言います。

では、居心地の良い日本に住んでいれば良いかというと私はそうではないと思っています。ヨーロッパやアメリカでは移民の人々とどう共存するかが大きな課題になってきています。日本も徐々に海外からの居住者が増え始めており、諸外国の先人から学ぶ事がとても多いと感じています。同じ轍を踏まない知性が必要となります。また、これからは世界の情報を仕入れて世界規模で生きていく時代です。日本をコンフォートゾーンとして安住していれば、進化が止まり、それこそガラパゴスとなってしまうでしょう。日本に住む諸外国の人々により文化や習慣が築かれていくかもしれません(それはそれでありなのかもしれませんが)。

日本の住みよい環境、安全で便利であることをいかに維持し、かつ諸外国に対して独自の能力を示していくことが出来るかが私たちの役目なのではないかと思います。

それにしても、社会の変化は面白いですね。つい自分が経験したことを正として相手を見てしまう癖が人にはあることも肝に銘じて、私の提供する授業も学生の皆さんの状況や考えを想像したりしながら作っていきたいと思っています。

一概に「今の若者はチャレンジ精神足りない」というのは私は違うと思います。

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