日本の大学の一般教養は学生のやる気を削いでいる?

Alumni_Hall_1889_Sun「世界ビトになろう!」出前授業で大学を訪問する機会があり、時に大学生と一緒に国際交流のイベントを開催したりすることもあるのですが、最近とても気になるのがお会いする大学生の表情があまり明るくないことです。特に入学したての1年生からは「一生懸命勉強して入ったけれど大学の講義が面白くない」2年生からは「自由な時間があるから校外の活動に積極的に参加するのだけれど大学に通うこと自体には面白さを感じられない」という言葉を聞くことが多いのです。そのつまらなさからドロップアウトしてしまう学生も少なくないようです。

入学して1~2年間は専門科目のみならず一般教養と言われる幅広い内容の講義を受講することが可能です。興味対象を広げて教養を深めるという目的があるようですが、実際学生達は専門外の関心の薄い科目を選ぶこともあり単位取得の目的となる傾向があり学校側も専門課程ではないので課題やテストもそれほど厳しくなく受講すればOKというような扱いにしているところが多いようです。つまりはゆとりのある教養を学ぶ時間という位置づけです。その講義を多くの学生は「刺激が少ない」と感じているようなのです。

かたやアメリカのリベラル・アーツ・カレッジ(大学院を持たない少人数制の学部学生の教育を行う大学)でも入学当初は多様なサブジェクトを学び、その後専門を選ぶ事ができるという仕組みになっていて構造は似ています。ではアメリカでは人気の高いリベラル・アーツ・カレッジと日本の大学の一般教養の大きな違いはなんなのでしょうか。それは受講する講義の内容のハードさと人数だと思います。例えばアメリカのリベラル・アーツ・カレッジでは1コマの講義に対する必要な予習時間が約4時間でその程度の予習をしないと内容を理解することが出来ず参加も出来ないと言われます。またリベラル・アーツ・カレッジは少人数制で大学全体の生徒数が2000名程度、10名に対して1名の教授というような学生と教授の関係が緊密であるという特徴もあるそうです。2年間様々な分野の教育を真剣にみっちり受けた上で学生は専門を選択し時にダブルメジャーと言って複数の専門を並行して選択する学生も多いと聞きます。

この違いを知って個人的に私は日本の多くの大学は学生に対して彼らが真剣に学ばなくてはならないほどのチャレンジを一般教養の講義において挑んでいないのではないかと感じました。頭を振り絞って考える。必死で準備をして行く。先生と意見を戦わせる。そんな内容であれば学生も学び、考える楽しさを味わう事が出来て様々な分野に真剣に取り組むことで視野も広がる結果となると考えます。

これからの社会では一つの専門分野に特化するよりも多くの分野の共通性や関連性の理解が必要となってくると私は思っています。一般教養は自分の興味や関心を広げるチャンスです。大学がつまらないなどとは言わせないほど学生が真剣に取り組む授業を日本の大学でも提供して下さることを心から期待します。とはいえ、学びの主体は個人なので大学だけが悪い訳ではなく「自分がなぜこの大学を選び何を学びたかったのか」を考えて大学が標準で与えてくれている事以外は本当に学べないのかを再考してみることもお勧めします。大学と学生双方の意識改革が必要となっていると私は考えます。

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