ギフテッド・チルドレンって知っていますか?

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弊社が提供している「世界ビトになろう!」出前授業でまず最初に学生の皆さんにお伝えする事は「個性を知り、個性を活かす事」。

皆さんは「ギフテッド・チルドレン」という言葉を聞いたことがありますか。私は8年程前にニュージーランドの小学校を訪問した際に息子と遊んでくれた子供が「ギフテッド」だから特別な教育を受けていると聞いて「何の事だろう?」と思ったことがきっかけで色々と調べ始めました。

ギフテッドとは「ギフト(贈り物)を与えられた」という意味で、ギフテッド・チルドレンとはつまりはある分野に対して非常に高い特性を持った子供の事です。下記は知能の8分類というものでこれらの分野でどの部分が突出しているかを調べたりします。

・言語的知能:話しことばや書きことばへの感受性、言語の学習・運用能力
・論理的数学知:問題を論理的に分析する、数学的な操作を実行する、問題を科学的に究明する
・音楽的知能:リズムや音程、和音、音色の識別、音楽演奏や作曲、鑑賞のスキル
・身体運動的知能:体全体や身体部位を問題解決や創造のために使う能力
・空間的知能:空間のパターンを認識して操作する能力
・対人的知能:他人の意図や動機・欲求を理解して、他人とうまくやっていく能力
・内省的知能:自分自身を理解して、自分の生活を統制するために自己の作業モデル効果的に用いる能力
・博物的知能:自然や人工物の種類を識別する能力

ある能力に突出していると、それ以外の部分(社会的な関わり等)は苦手である子供も多くみられるようでその為に発達障害と判断されて秀でた能力を発見されることなく終わる事も多々あるそうです。世界では100人に2~3名のギフテッドの子供がいると言われており、そのような子供達を早期に発見して能力を伸ばし、苦手な部分をカバーする教育が各国で進んでいますが、日本ではギフテッドとして見つけられる子供はごく少数です。それはなぜでしょうか。

人と異なる事を嫌う国民性から保護者が自分の子供の特別な部分を隠す傾向があるからとも言われますし、子ども自身も目立つ事を避けるために能力を隠すとも言われます。また日本の教育界では特に優秀な子供を選び出すことを子供を差別する事に繋がると考えられているとも。

ギフテッド・チルドレンの発見と教育に関して日本は大変な後進国です。世界では40年の歴史を持つ学会が開かれその教育方法などが検討されています。或る研究者が『イノベーションは好きな事、楽しい事からしか生まれない」と仰っていたそうです。子供達一人一人のギフトに気づきその個性を伸ばしてあげる事は日本の将来にも大きく影響してくるように感じます。

個人的には私は天才的な子供の英才教育としてギフテッドの教育方法に注目しているのではありません。1人1人の子供がそれぞれの個性を活かすという教育方法に共感をしているのです。全ての子供がギフテッドです。授かった力を伸ばせるような教育方法が日本でも広がって行って欲しいと強く思います。

世界ビトブログは「世界を視野に活躍する子供を育てる」をテーマに発信していますが、世界各国の個性を生かした教育方法についても紹介をしていきたいと考えています。

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英語教育への留学帰国生の活用

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小学校からの英語教育に英語が得意でない先生たちが四苦八苦していると良く聞きます。英語が得意な先生とそうではない先生がいらっしゃる事もあります。

私が仕事でよく訪問するベトナムでは英語教育が盛んで、高校生でもかなり流暢に話せているので教育関係に詳しい知人にどのように教育をしているかを聞いたところ海外留学から帰った学生が学校でアルバイト的に英語を教えているケースが多いとのことでした。

学生は本場で身に着けてきた英語を使ってお金を稼げる、国の発展にも寄与できるなどメリットが大きいそうです。そして教わる子供達も年の近い学生の方から教えてもらうのでとても英語に対して親しみやすさを感じるメリットもあるそうです。

日本では今、海外留学を国を挙げて支援していますが留学生が帰国後に学んだ言語を子どもの教育に還元することが出来たらとても良い循環ができると思いました。

先生でなくてはダメ、外国人でなくてはダメという固い頭を切り替えれば有能な人材が沢山見つかるのではないかと思います。

また帰国後にアルバイトが出来るとなると留学に対してもより前向きになるのではないかとも思います。

 

孤独に旅をする。

先日海外からの友人と食事をしながら雑談をしていました。彼はインドネシア人で大の日本好き。過去5年間に11回日本に来ています。

そんな彼がSNSで「日本は大好きだけれど住みたいとは思わない。だって孤独で寂しい街だから」とコメントしていました。大好きな街ではあるけれど住む場所ではないという感覚は私が旅をする時によく感じる事です。また友人や知り合いがいない旅先での「孤独」を敢えて感じるために旅をしているという事もあるのではないかと思いました。それゆえ旅行先としては良いけれど、住みたくはないという感覚になるというか。

その友人に「コメントを読んだよ」と言ったら「日本を悪くいったみたいでごめんね」と謝られましたが「私も旅をしている時に同じような感覚になる」と言ったらほっとしたようでした。

旅先では普段日常生活で感じている感覚から抜け出して自分と向き合う時間が長くなります。セキュリティの面で少しピリピリしたり、普段見たり聞いたりしたことが無い事に触れたり、それを自分なりに処理して吸収したり。日常の細かい事からある種離脱しているからこそできる事なのだと思います。

そして離れた場所から戻った時に自分の住む場所について新たな見方が出来たり、ホッとしたり。旅とはそういう効用があるように感じています。

 

これからの世界や生き方を考える。

先日所属しているNPO主催の寺島実郎先生により講演会に参加をしました。毎年開催されているので定点観測的にメディアで知ることが出来ない世界各国の力関係を政治、経済、人種、宗教等の側面から考えるという内容です。毎回90分では時間が全く足りないと思うほど寺島先生は情報を提示して考える糸口を与えてくださいます。

今回は「日本の未来を考える」というテーマを頂いたように私は感じました。変化の激しい世界情勢、AI等の技術革新が進む中社会は今まで経験したことが無いようなスピードで変化を進めています。そして経済優先で便利を追及しているが故の怖さも感じました。

果たして今世界をリードし、まとめ上げている政財界の人々は自分の足元だけではなく未来の世界を考えているのでしょうか。未来の人間の社会を真剣に考えているのでしょうか。

寺島先生はAIと人間の比較をされ人間が優位に立てる事は何かという点を述べられていました。世の中では同様の理論が多く聞かれそれは技術革新は人間として進めるべきであるという理論が当然として世の中でまかり通っており社会の意思決定をするマジョリティがそう考えているからです。

私は人間が作り上げた物に対して人間が遠慮して自分たちに残された事するという発想はとても怖いと思いました。人間が生き難い、住みにくい世の中が見えているのであればそのような開発は遅らせる、極限られた分野のみに適応するなどの知恵を使う事もあってよいのではないかと思うのです。

現在様々な事に対して決定権のある大人が、未来の世界を生きる子供達や子孫のために真剣に取捨選択をして様々な人々と地球規模での合意形成をしていく仕組みが必要ではと思います。

 

 

自分で判断するために情報を集める

皆様明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

昨年は「世界ビト図鑑」第二シリーズの制作に着手をし、Vol.11としてインドネシアで活躍中の加藤ひろあきさんのインタビューを公開することが出来てとても嬉しく思っております。第一シリーズと併せて教育機関、ご家庭などで視聴頂き「世界と繋がって生きていく事」を感じて頂ければと願っております。(株)リエゾン・デートルはこれからも教材や出前授業などでグローバルな環境で活躍する子供たちが一人でも多く育っていくように尽力して参ります。

さて、話は変わりますが新年早々海外出張をして参りました。その際に現在のアメリカについてアメリカ国籍の友人とたまたま出会った方にお話を聞く機会がありましたのでご紹介します。現在のトランプ政権についてです。友人はオバマ政権によりマイノリティが平等に扱われることになった反動でマジョリティであった白人社会に不満が溜まっていたのではないかとトランプ大統領が選挙戦に勝利したことを分析していました。実際にアメリカ各地を訪問してみると白人で失業して本当に貧しい暮らしをしている人を沢山目にする事になるとの事でした。そのような人達の中には多様な人種や、不法就労をしている人を保護する政策はおかしいと考えられているというのです。またたまたま飛行機で隣に座ったアメリカ人の女性はトランプ政権下で海外からの留学生などに対して人種的偏見・差別的な行動をとる人が増えていると仰っていました。アメリカ第一主義の意識が強くなっているというのです。アメリカは日本人の多くが考える「自由と差別のない国」ではもはやなくなりつつあるのかもしれません。

メディアの情報とは少し異なる個人の意見。どちらが正しいという事は判断は出来ません。私は出来るだけ多くの情報を様々な方法を通して収集して自分なりの考えを持つように心がけなくてはいけないと考えます。メディアの情報だけを盲目に信じるのではなく、出来るだけ幅広く多角的な視野で物事を見られるようにしていきたいと思います。そして人から聞いただけの情報ではなく可能な限りその地に足を運び「自分が肌で感じた感覚」を大切に判断が出来るようになりたいものです。

真実は一つではなく「正しい」と思われることも実はひとりひとり異なります。自分の経験値から「自分として正しい」解を求め、生きていきたいと思います。

私、少し怒っています。

最近学校の授業で生徒の皆さんにお会いする度に「AI(人工知能)が人間のしている仕事を将来担うようになり、今ある仕事の5割が無くなると言われている事を知っていますか?」と質問をしています。殆どの学生がメディア等で伝えられているこの情報を知っています。そして「その事をどう思う?」とお聞きすると皆さん口を揃えて「不安です。就職できるか、働き続けていけるのか心配です」と答えます。

私は、これからの日本を担う学生の皆さんをむやみやたらに不安にさせるこのような無責任なメディアの報道に対して少々怒っています。何故かというと職業と言うものは新陳代謝を常にしているものであり時代や社会の変化に合わせて淘汰されるべきものは淘汰されそして「新たに必要な職業」が生まれているからです。今ある仕事がなくなるのはある意味当然の事なのです。

今ある仕事は無くなる可能性が大きいが、それは歴史上では当たり前の事。これからは新たな仕事が次々に生まれる事、更に自ら生んでいく事が出来るのかを考える事が大切であると子供達に伝えるべきではないでしょうか。そして社会環境は変化して当たり前、就職後も働く環境は常に変化していくので、そのような変化に順応する力が必要になると伝えることが大切だと思います。

いまだに保護者の方から「安定した仕事」につく事、「大企業」に勤める事を勧められていると学生の方から聞く事が多いです。親世代はそのような感覚で生きて来られていますが、これからの世の中では働く組織に依存した安定ではなく、臨機応変・柔軟に自らの力を発揮できることこそが必要になると思います。「自らの力」とは何か、どうやってその力を伸ばしていくかを真剣に考える事が大切です。親世代も自分の生きてきた経験だけでは情報は充分ではない事に気づくべきでしょう。

学生の皆さんに職業の新陳代謝の話をする際に150年程度前の江戸時代に最も重要とされていた「武士」が今はいないこと。その例からも職業に変遷がある事がわかることをお伝えするとみんな「確かに!」と納得してくださいます。そして「武士」がいなくても何不自由なく生きている事を理解すると「今ある職業の約半数が無くなる」という事に対しても不安を感じることなく「自分たちでどんな仕事を作ればよいのか」と前向きに考え始めてくれているように感じています。

大人の私たちが伝えるべき事は不安をあおることではなく、未来への希望なのではないかと私は思います。AI

耳が痛い話は図星だから?

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先日あるクライアントのお仕事をしていて年齢の話が出ました。何名かの講師の方とご一緒にお仕事をしているのですが私は最年長。生徒の皆さんからすると母親位の年齢になります。クライアントから「もっと若い先生もいますからね」と何気ないコメントがあり、「ひどいなぁ」なんてその場では笑って過ごしましたがその後しばらく考え込んでしまいました。私の年齢が生徒の皆さんと大きく差があるのは事実。講師をする際に年齢のギャップはやはり相手の方の理解にとって妨げになることもあります。「私は適任ではないのだろうか。もっと若くて元気な先生に代わって頂いた方が良いのではないか」と考えたのです。確かに30代の先生の授業を拝見すると和気藹々としていて「友達感覚」で生徒の皆さんも楽しそうに見えました。

けれどもその話の流れで「もう私は適任ではないので辞めます」と言うのはちょっと短絡だなと思い直しました。クライアントから「適任でない」と言われた訳でもなく、先方は何気なく「様々な講師がいますよ」位の軽い気持ちで仰っていたのも判っていたのできっと「辞めます」なんて言ったりしたらクライアントのお気持ちも傷つけてしまう事にもなりかねません。

その時に率直に感じたことは「自分の年齢(現在52歳もうすぐ53歳)が高いのは事実。その事は変えられない。生徒の皆さんから見たらとても年長に見えて精神的な距離感があるかもしれない」という事。正直年齢は歴史的事実(笑)なので変えられないから挽回も出来ず耳が痛かったです。耳が痛い話は「図星」な事が多いのですよね。少々💛にグサッと来たのですがそこで色々と考え始めました。

私は精神的にダメージを受けるような事がある時は「自分を変えるチャンスが来た」と無理やり思うようにしています。この時も「年齢は変えられないけれど、教え方は変えられないかな」と考えたのです。若い生徒の方にとって親和性の高い話題を出来るだけ盛り込んではどうだろうか。自分が生徒の方達と同じ年齢の頃に経験した話を引用して説明をしてはどうかなどです。それから生徒の方達に寄り添う気持ちがとても高くなりました。

結果としてその姿勢は教育機関での授業にも活かすことが出来て生徒の皆さんとの距離が前よりも格段に近くなった感覚があります。

何気ないクライアントの一言に心から感謝をしている今日この頃です。

皆さんも💛にグサッとくる一言を聞いた時は落ち込んでいるだけでは無くて「自分を変えるチャンス到来!」と思ってみてはいかがでしょうか。

ビジネスツールの変化(LINEでコミュニケーション)

つい数年前まではメール(email)での連絡がビジネスでは当たり前でした。レターほど正式ではないけれどある程度フォーマルな対応が出来て文章が主体でした。

それがここ数年、特に今年に入ってから国内外のお客様との連絡手段がLINEになりつつあります。写真を撮って高画質でもすぐに送れる。何かあればすぐに短いメッセージで送れ、相手もスマホを持ち歩いているのですぐに返信が来る。関係者をグループにして情報共有も簡単と便利な事ばかり。とにかくコミュニケーションがスピーディーになりました。

そしてLINEならではのスタンプがまたコミュニケーションを楽しくしています。ビジネスなのだけれどユーモアを含める事が出来て相手の方との心理的な距離がぐっと縮まります。

保存をしなくてはいけない重要な書類等のやり取りはメール、それ以外のコミュニケーションはLINEと使い分けも出来ているようです。

新しいツールを導入する事にためらいもあるかもしれませんが、やってみると簡単で楽しい事も沢山あります。SNSなどへの苦手意識はとりあえず置いておいて始めてみてから使い方を考えるという事も必要かなと思います。line-group-phone-call-0001

自分を語ること

リピートで授業のご依頼を頂いた学校へ出前授業をご提供する際には内容を前年度とは変えるように心がけています。今年その修正作業をしている時に感じたことは、情報としてインターネットや本で読んだ内容を引用している箇所への疑問でした。授業を始めた当初「学校」という教育機関でお話するので「為になる。役に立つ」内容でなくてはいけないと思いそのような引用情報をなるべく入れるようにしていました。ところが段々と「人の言っている事」ではなく「自分しか語れないことを語る」事の大切さを感じ始めました。元々私は人前で話をすることは得意ではなく、自分は特別な人間ではないから自分の話は面白くないはずと思っておりました。けれどもそんな「普通の人生だけれどあちこちにぶつかりながら一生懸命生きていた自分」の話がもしかしたら学生の皆さんにとり身近な理解をしやすい話として受け取って頂けるのかもしれないと思う事がありました。それは失敗談への感想文へのリアクションの多さからでした。「先生でも失敗して辛いことがあっても克服したと思ったら何だか勇気が出た」「何でも出来る人かと思ったけれど意外と失敗が多くて近い存在に感じられた」など。

その感想を拝読して「あぁ等身大の自分の話を引用してお話をした方が分かりやすいのだ」と思いそれからは自分が学生時代にどんな事を感じていたり、どんな事を経験したりしていたのかなど出来るだけ具体的にお話するように内容を変えました。すると生徒の皆さんの授業への集中度が大きく変わったのです。どんな授業でも寝ているような様子の生徒の方が15パーセントぐらいは常にいらしたのが今では殆ど皆さん顔をあげて耳を傾けてくださいます。そして授業後にも質問や自分の考えを話に来て下さる方も増えました。

等身大の自分を表現する事の大切さを学生の皆さんの反応から学ぶことが出来ました。格好を付けずにありのままでいる事。それは自分の生き方をまっすぐ正す事にも通じます。ありがたい気づきでした。金ヶ崎高等学校